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東京高等裁判所 昭和31年(う)2935号 判決 1957年3月13日

控訴人 被告人 丸谷嘉典

弁護人 坂田豊喜

検察官 佐藤豁

主文

原判決中有罪の部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁読人坂田豊喜及び懸樋正雄提出の各控訴趣意書に記載したとおりである。

弁護人坂田豊喜の控訴趣意第二点について。

記録に基き調査するに、祐川浩が原判示の如く米合衆国通貨千ドルを買受け取得するにつき被告人がその斡旋をした事実はこれを認めることができるけれども、外国通貨の取得は登録義務発生の要件たる事実であつて、その登録とは全く別個の事実であるから、被告人の右外国通貨売買の斡旋行為を以て直ちに祐川浩の原判示不登録罪を幇助したものとは認め難く、更に進んで被告人が祐川浩の右不登録罪を容易ならしめる行為をしたものと認めるに足る証拠はないから、被告人の右行為は、他の罪名に触れる場合のあることは格別、外国通貨不登録罪の幇助としては犯罪を構成しないものというべくこの点において論旨は理由があり、原判決中有罪の部分は破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

坂田弁護人の控訴趣意

第二点原判決は法令の適用の誤りがあると信じます。

(い) 原判決は前記第一点(い)掲記の通り「被告人は祐川浩に対する通貨千ドルの受け渡しの仲介をなして祐川浩をして米合衆国通貨千ドルを取得するに至らしめ、以て祐川浩の外国為替及び外国貿易管理法の犯行(ドル取得の不登録)を容易ならしめて之を幇助したものである」との認定に基き「外国為替及び外国貿易管理法第二十一条第七十条第二十二条第一項及び刑法第六十三条第六十八条第四号」を適用して被告人を罰金二十万円に処した。(原判決理由記載)

(ろ) 然れども

(1)  外国為替、外国貿易管理法関係

(い) 被告人丸谷が昭和二十八年二月初旬頃より同月十五日頃に至る間に千代田区有楽町一丁目三番地所在京阪神急行電鉄株式会社代理店部東京営業所に於て株式会社日本殖産金庫社長下ノ村勗から命令を受けて本邦内にある米弗取集め方を主宰する下ノ村昭一郎の補助者下ノ村典昭から米弗集め方の斡旋を引受けたる右代理店部次長長井信一から「在外移民等が米弗売却の話を持ちかけて来た場合には自分に報らせてくれ」との依頼を受けた折柄偶々右営業所に右様の話を持ちかけて来たブラジル移民で一時日本に帰国した氏名不詳の二人連れの男を右長井に知らせて長井をして前記典昭の補助者祐川浩の両名に対し三回に三千弗を斡旋することを得しめ以て長井の典昭に対する弗集めの補助行為を補助した被告人丸谷の前顕行為が如何なる法律関係を生起するものであろうか、この点につき検察官は被告人丸谷に対し外国為替及び外国貿易管理法違反の正犯として処罰すべきものと主張した、しかしながら被告人丸谷を本件米ドル関係に依つて処罰し得るが為には左記条件を具備しなければならない。(ア)被告人丸谷が政令で定めるところにより日本国内にある米弗を特定の場所に若しくは特定の方式により保管若しくは登録を為さず、又は外国為替資金特別会計、日本銀行、外国為替公認銀行その他の者に公定価格(公定価格がないときは時価)を参しやくして大蔵大臣が定める価格で本邦通貨を対価として売却する義務に違反した事実が実証されねばならない(外国為替及び外国貿易管理法第二十一条、第七十条第二十二号)。(イ)被告人丸谷が対外支払手段である米弗で同被告人が売却する権限を有しないもの又は売却することが出来ないことについてやむを得ない事由があるものについて大蔵省令で定めるところにより右米弗を日本銀行に登録しなかつた事実が実証されねばならない(外国為替管理令第三条第二項)。(ウ)被告人丸谷が対外支払手段である米弗を取得し又は輸入したる事実があつて併もその取得又は輸入したる日から起算して十日以内に売却することが出来ないことについてやむを得ない事由があるものについては二十日以内に日本銀行に登録をしなかつた事実が実証されねばならない(外国為替等集中規則第四条)。

(ろ) 然るに被告人丸谷に関する限り右条件の一つだに具備されていない。即ち、(ア)丸谷被告人は米貨一弗だつて輸入した事実なく又一弗だつて取得した事実もない、従つて登録義務なく、その違反もない。もつとも、ブラジル移民の二人連れの男等が一時日本に帰国する際に米弗を携帯入国したものと推認さるるものを前記営業所のフロントに来訪した右移民等の手から預り同所カウンターより同所長井信一の事務机の所まで運搬した事実は肯認されるが、しかしそれも封筒入りの物で中実の数額、種類等を現認したものでなく且つ短距離間の瞬間的の室内メツセンジヤーに過ぎなかつた。(イ)尚、右封筒の米弗を現認したのはその後長井から祐川に連絡して長井の席に受取りに来た祐川がその米弗を長井から取次がれる際にちらと傍見したに過ぎない。(ウ)又、その後の二回に至つては単に同移民が来店したことを長井に知らせたに止まり、長井から何人に何程の米弗が取次がれたかは丸谷は関知しない。ただ後日に至つて長井から祐川と典昭に各一回千弗宛を夫々取次がれたものであつた事を長井から聞かされたに過ぎない。以上の事実関係は既に前顕各証拠の確証することによつて今や寸疑を容れない。依つて被告人丸谷としては他人(輸入及び売却人ブラジル移民、取得者下ノ村勗)の財産について登録義務を課せらるる道理も余地もあり得ない。従て対外支払手段の関係法規に違反した事実はない。(エ)然るに拘らず被告人丸谷に対して同被告人が祐川浩の対外支払手段の米弗を取得及び登録義務違反の幇助人なりとして之を処罰した原判決は失当の甚しいものであると確信致します。

(2)  刑法関係

(い) 共犯関係 (ア)被告人丸谷の前記第二(1) (い)及び(ろ)(ア)(イ)(ウ)各記載の事実が他の関係人と被告人丸谷とは刑法上如何なる共犯関係を生起するものであろうか、この点について検察官は昭和三十一年八月六日公判に於て本件訴因及び罰条を変更して被告人丸谷は長井信一と共謀してと前置きして祐川浩に売却斡旋して氏名不詳のブラジル移民より米合衆国通貨千ドル、二千ドル、千ドルを三回に取得したと訴因及び事実を指摘し刑法四十五条の併合罪の罰条を示したに止まり共犯関係の罰条は示さない。(イ)右は被告人丸谷が長井と共謀して祐川に米弗を売却斡旋することを動機としてブラジル移民から四千ドルを三回に取得したと言うにあるものの如く見らるるが、しかしそれにしては売却を斡旋するとの文言及び長井と共謀との文言と丸谷被告人単独の取得の文言とが互に矛盾撞着して意味不可解である。(ウ)右は畢竟検察官方においては昭和二十九年三月二十四日附最初の起訴状作成の頃は長井と丸谷が共謀して同人等が手持の弗を祐川浩に対し四回に亘り米弗四、九五〇弗を売却したと認定したが、その後昭和二十九年十一月一日頃に至り弗はブラジル移民から依頼を受けた弗であつたと認識を改めて同日附を以て訴因を変更し更に昭和三十一年八月六日頃に至り右米弗は祐川浩に売却斡旋するためブラジル移民より被告人丸谷が長井と共謀して千ドル一回、二千ドル一回、千ドル一回に合計四千ドルを三回に丸谷その人が取得したと認識を変更して同日附を以てその旨の訴因変更を行い、且つ罰条中に刑法併合罪第四十五条を追示したに止まつたが最後に至つて従犯の主張に変更し刑法第六十三条を持出した経過の事態により検察陣営に於ては始終本件事実の認識に確信を有たないと言う事実を露呈しておるものである事が肯認出来る。(エ)検察官は右様に極めて曖昧不可解なる訴因に基いて初め被告人丸谷の前顕行為は長井と共謀した共同正犯であると論告したが最後に至つて幇助であると訂正し本件米貨の売却人が長井及び被告人丸谷ではなくブラジル移民の二人連れの男であること、及び本件米貨の取得者が祐川浩であつてその余の昭一郎、典昭、祐川、藤谷、永島、西浜等でないことを肯認するに至つたものである。(オ)以上の事実及証拠に依つて各関係人の刑法上の地位はブラジル移民は単独の米貨売却人としての正犯、下ノ村勗はこれが買受取得人としての正犯、昭一郎、典昭、祐川、藤谷は勗の正犯を幇助したる従犯、西浜は祐川の従犯を幇助したる者、長井は典昭及び祐川の従犯を幇助した者、被告人丸谷は典昭及び祐川の従犯を幇助した長井を幇助した者であつて祐川浩を幇助したものではない(第一の(3) の(は)の(コ)添付図を参照)。(カ)然るに検察官は本件捜査の結果についてその処分を決するに当り本件米弗取得の正犯である下ノ村勗を筆頭に昭一郎、典昭、祐川、藤谷、西浜等重要役割を演じた関係人の全部を不起訴処分としてその責任を寛仮しながら長井の部下であつて本件関係については前期の如く長井の給仕若しくは小使の機械的役割に駆使されたる被告人丸谷一人だけを起訴処分に附し之が公訴維持に当つてはあらゆる手段を選ばず特に公判取調べ後の証人を呼出してひそかに取調を為し以て証拠の補強に努力する等殊に公判に於ける多数の証拠に対しては耳目をおおつて証拠能力を否定され、且つ身体を拘束した上供述を強要して得た捜査調書記載の一部を唯一の証拠として憶測と独断に基き不当の主張を強行したものであつた、然るに拘らず原判決が之を聴従してその事実の一部を容認したのみならず特に甚しい失当はドル取得者の日本銀行に対する登録義務違反行為は取得者のみに依つて行い得る純正不作為の犯行であつて第三者の加功することは不能のものである。(ただ僅かに教唆行為は想像され得る)ことを看過し右幇助行為を肯認した点である。尚仮に百歩を譲つてドル取得の点に限つて(不登録の点を除き)考えて見ても被告人の本件加功はドル取得の正犯であるべき下ノ村勗を第一次に幇助したる下ノ村昭一郎を第二次に幇助したる下ノ村典昭を第三次に幇助したる祐川浩を第四次に幇助したる長井信一を第五次に幇助した者であるのである、従つて刑法上不処罰行為であることは多言を要しない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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